『天使の翼』第8章(54)

 「シャルル!」
 その時のわたしは、自分が彼をうっかり本名で呼んだなどということには気付いていなかった。
 「ここは?……」
 「分からない……」
 わたし達は、改めてその部屋を見回した。
 ――処置室。
 あまり使いたくない言葉だが、それが最初に浮かんだイメージだ……
 ……それも、手術室と言うよりは、安置所、解剖室……
 10標準メートル四方位の広さ――
 背後に入口――
 わたし達の前面は、壁面いっぱいにシャッターが下りている……
 ……シャッターの向こうがどうなっているかは、絶対に、知りたくない。
 床も壁も一面、水――あるいは、それ以外の液体、赤い……に濡れても一向に構わない、と言わんばかりに、防水塗装されている――
 不気味な部屋だが、ともかく今は、誰もいない。
 シャルルが、苦労して――手首・足首・腰を固定されただけでどれほど身体の自由が奪われるかは実際にやられてみないと分からない――手首をひねり、時計を確認した。

 (あと30標準分)
 シャルルが、声を出さずに口だけ動かしてわたしに伝えてきた。すぐには何のことか分からなかったけど、もちろん査察庁軍の到着時刻のことだ。