『天使の翼』第8章(33)
「僕らは、僕らには妹がいて実際に失踪している、という風にスカルラッティを誘導する。妹の名は、宿に戻ったら、男爵のリストから選ぶ」
「スカルラッティは、一体どう反応するかしら?」
「そこから先は難しい。全くしらを切るのか、何かヒントになるようなぼろを出してくれるのか?」
「……」
「いずれにしても、第二のポイントは、スカルラッティを確実に追い詰められて、かつ、僕らが安全に脱出できる、ぎりぎりのタイミングで、査察庁軍を投入するということだ」
――わたしは、意表を衝かれた。ともすれば、事件は、わたしとシャルルの二人だけで解決するのだ、と思い詰めていたけれど、もちろん、そんな筈はなかった。たった二人の力で、無数のタイトルを綺羅星のごとく纏った帝国宰相を逮捕できる訳がないし、これは、あくまで『天使の翼』とは別件、そこまでの隠密性は要求されていない……となると――
シャルルは、頷いた。
「僕たちの本来の使命に影響の出ないよう、あくまで黒子に徹することが、第三のポイントだ……」
シャルルは、その後、彼が、査察庁の副長官補兼特命査察官としての職権に基づいて、皇帝を含む彼の全ての上官に事前通告することなしに、帝国宰相の現行犯逮捕に着手する――もちろん代理を介して――こと、そして、その為に、既に査察庁の自載ドライブ・ワープ・エンジン搭載艦――しかも、戦艦――に出動命令を下してあることを明かした。
わたしは、軽い眩暈に襲われた……シャルルの鋭い推理に基づいた自信……帝国宰相を逮捕することに何のためらいも見せない勇気……やるとなったら、手順を過たずに的確な手を打っていく決断力……
「……戦艦は、もうワープで一跳びのところまで来て、僕からの指令を待っている。自信過剰になってはいけないけれど、もう決着に至る最終のフェーズに入っているんだよ」
この状況で、『フェーズ』なんて言葉を使うところがいかにもシャルルらしい。
わたしは、ただただ頷くばかりだった。

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