『天使の翼』第8章(18)
わたしとシャルルは、歌合戦の開始を前にしてざわつきだした会場へと急いだ。
受付には先日会った修道僧がいて、「急いで、急いで」とわたし達のことを手招きしている。
「これこれ、お若いの、大修道院長様のお話が始まってしまうわい!」
『大修道院長』――わたしもシャルルも、出演者席の一番後方のベンチに座って、本人が登壇してくるのを目の当たりにするまで、それが誰であるのか、すっかり失念していた。
外見的には、謹厳実直を絵で描いたような初老の男性――大司教冠を被り、赤い法衣を着ている……
――スカルラッティ!――
――あれ程、ある意味で会いたかった人物が、今、手の届きそうな距離にいた――銀河帝国政府の宰相が!
……ファンファーレなどは鳴らなかったけれど、村人やアクィレイアからの参詣者でいっぱいの会場が、水を打ったような静寂に包まれた。その実質がどうであれ、形の上では大修道院長であり、それ以上に大司教であり、そして、それ以上にここアクィレイアの領主たる公爵であり、さらに、それ以上に、全銀河帝国の政治ヒエラルキーのナンバー2たる帝国宰相が、美しい森に囲まれているとはいえ、この寒村の、村の広場の、間に合わせの木造りの壇上に立っていた。スカルラッティが社会病質の犯罪者だなどとは露程も疑っていない人々は、第一級の貴人の臨席に、あたかも自分が今このユニバースの中心にいるかのような高揚感を覚えているのだ。

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