『天使の翼』第8章(13)

 その沈黙が重苦しくなってきた頃、わたしは、何となく、兄のことを口の端に乗せた。
 「昨夜……今朝、夢の中に兄が出てきたの」
 シャルルは、まじまじとわたしの顔を見詰めた。祖母の夢のことが頭を過ぎって、今度の兄の夢にも何か重大なメッセージが込められているのではないか、と思ったのだ……
 「別に大したことじゃないのよ……」
 わたしは、慌てて手を振ろうとした――その時――
 「デイテ?」
 ――シャルルが、心配そうにわたしの肩を抱いて、顔を覗き込んでいる……
 「大丈夫?」
 「ご、ごめんなさい。急に頭が痛くなって――」
 その時、わたしは、頭の中をメロディーが流れていることに気が付いた――とても切ないメロディー……同時に兄の姿を思い浮かべた。今朝方の夢そのままに、兄が歌っている。夢の中では聞こえなかった音が、甦ったのだろうか……
 「今日のわたし達の曲、決めたわ」
 「えっ?昨日、失恋の歌にするって決めたはずじゃ――」
 「いえ、別離の歌にする。離れ離れになった兄と妹の歌に」
 「――」
 とまどうシャルルに、わたしは、ギターを弾いてメロディーを伝えた。シャルルは、すぐに飲み込んだ。

 「まさか、君が歌うんじゃないだろうね?」
 「いいえ」
 それは、あまりに危険すぎる。スカルラッティに、ポート・オブ・ポート・シルキーズで歌っていたデイテだと分ってしまうかも知れない……
 「わたしの場合とは逆に、妹が失踪したことにするのよ」
 「……つまり……吟遊詩人誘拐事件を暗示するってことかい?……」
 シャルルは、察しが良かった。