『天使の翼』第8章(11)

 その夜、わたしは、なかなか寝付けずに、巡礼者用の宿泊施設の部屋にかかった古風なカーテンが、白々とした朝の光に照らし出された頃、ようやく夢うつつにまどろむことができた。
 夢の中に出てきたのは、両親の失踪の後、幼少のわたしを置いて歌の修業に出たきり、ふっつりと消息を絶っている兄……
 何故、今、兄が夢枕に立ったのか?
 夢の中で兄は、優しくわたしに微笑みかけてから、ギターを爪弾いて一曲歌ってくれた――ただ、いくら耳を澄ませても、夢の中で音は聞こえなかった……
 もどかしくて、必死に手を差し伸べようとするわたし……
 その時、わたしは、兄が旅立った時の服装のまま、同じ若さなのに気付いて、嫌な悪寒と共に目が覚めた――
 目の前にジェーンの顔があり、わたしは、少なからず驚いた。
 「大丈夫?うなされていたわ……」
 わたしは、軽く頷いて半身を起こした。
 何とかわたしと身近になろうとするジェーンを意識しすぎたのか、あからさまに距離を置いたような感じになってしまった……
 ジェーンは、敏感にそれを感じ取って、悲しげに頭を振った。
 「お茶を用意してくるわ」
 わたしは、立ち上がって窓辺に行き、吊るしてあったコート――昨夜、泥を洗い落とそうとしたため、湿っている――の裏地にあるポケットから、携帯用の皮の額に入った兄の写真を取り出した。いつもこのポケットに入っているけれど、開いて見るのは……何年振りだろう――

 ……今頃、どこで、どうしているのか……もちろん、わたしは、兄が生きていると信じている……
 ――写真を見た瞬間、気付いたことがある――どこかシャルルに似てないだろうか……
よく見ると違うのだけど、どこか面影が……
 辺境に見事なギターの使い手がいる。彼の名はケイン……
 ……会いたい。思わずほろりと涙がこぼれ、わたしは、慌てて頬をぬぐった。写真の兄にキスをして、いつものコートの胸ポケットにしまった。