『天使の翼』第8章(10)

 「事務局は、村の入口、大修道院へ行く参道の手前にあるの。大修道院そのものは、女人禁制だから、祭りのメイン会場は、修道院前の広場……歌合戦もそこで行われる。――そして、これは、特別情報――」
 わたしとシャルルは、地図から顔を上げた。
 「大修道院の門前にある巡礼者用の宿泊施設に部屋が取れたわ」
 「良かった――」
 「ただし――」
 「えっ?」
 「ただし、巡礼者用の施設だから、男女別々の建物なの」
 ここで、ジェーンは、申し訳なさそうにしながらも、はにかんだ笑みを浮かべてわたしの顔を覗き込んできた……
 「チャールズは一人で寂しいけど、我慢してね」
 わたしとシャルルは、虚を衝かれた形になった。――宗教絡みだから、当然ジェンダーの問題が生起してくるとは、想像しておくべきだった……この大切な時に、シャルルと別れ別れになるのは好ましくない……キリヤックの意味が分かり、宿の手配もできて、歌合戦へのエントリーもした――でも、まだ明日歌う歌の打ち合わせも終わってないし、いつ新たな情報が入ってくるとも限らない……そこまで考えたところで、わたしは、一つの事実に気が付いた――ポート・シルキーズで落ち合って以来、わたしとシャルルは、一日も欠かさず寝食を共にしてきた――まるで、それが当然のことのように。だから、離れ離れになることに、打ち消すことのできない不安を感じるのだろうか……

 「わたし、スタッフ・ミーティングに出なきゃいけないから、お二人は、先に宿泊施設に行っていて――」
 ジェーンが話していた。
 「――名前を言えば、分るようになっているから……それと、宿泊施設は、自炊が原則だから、村にいる間に食事を済ませといた方がいいわ……」
 わたしは、正直ほっとした。少なくとも今から、シャルルと二人でいる時間が取れる。
 シャルルも同じ気持ちだったとみえ、ジェーンと別れた後、笑みを向けてきた。
 「お腹がすいたね」
 一瞬、ここまで運転してきたのはわたしよ、と言いたくなったが、素直に頷いた。