『天使の翼』第8章(7)
ジェーンの後姿を見送ったシャルルが、いたずらっぽい笑みを浮かべて振り返った。
「強敵出現」
わけの分からないことを言う。
わたしは、ぎろりと睨んでから、さっさと歩みを進めた。地面は、昨日雨でも降ったのか、ぬかるんでいる。
「デイテ、待ってよ!何でそっちに行くんだい?」
「あら、哲学科の天才さんが、どうしたのかしら?――さっきから、吟遊詩人が何人も、あっちの方から姿を現しているんですけれど」
はたして、広場に面した民家の一階部分が、歌合戦の受付場所になっていた。――ちなみに、村の家屋はほとんど皆木造だ。前にもちょっと触れたことがあるけれど、広大無辺な帝国に隅々までいきわたる均質な文化・文明など存在しない。あらゆる階梯が同時に――もちろん相対論的な意味で言ったのではない――存在する。
わたしとシャルルを大いに慌てさせることに、何人かの修道僧と村人が、立て看板を外し、店仕舞いを始めている――。わたしとシャルルは、顔を見合わせ、二人してダッシュした。人出を縫うようにとはいかず、何人かとぶつかり、罵られながら、村人二人が持ち上げようとしている木製のカウンターに、二人同時に上半身を投げ出した――
「待ってちょうだい!」
「待ってくれ!」
初老の修道僧が、優しい笑みを浮かべて振り返った。
「お若いの、慌てなくとも大丈夫じゃ。感謝祭の催しにうるさいルールはない……ただ、どっちにエントリーするかだけ教えておいてくれればな?」

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