『天使の翼』第7章(33)

 「……人間の皮を被った獣ね――」
 「そう。あくまで、彼は被疑者に過ぎないけれども、もし本当にそうであったときのことを考えるなら、公爵を人間だと思っていては、大きな過ちを犯すことになる……動物にも情愛はあるから、獣と言う比喩でも足りない位だ」
 「……悪魔――」
 わたしの言葉は、それ自体一つの生き物でもあるかのように、カーテンを閉め、照明を暗くしてしんと静まり返った部屋の中に息づいた。
 「僕も詳しくは知らないが――」
 しばらくして、シャルルが言った。
 「――悪魔学という古い研究の一ジャンルがある。……悪魔とは一体何なのか?どこからくるのか?伝染病のように人に取り憑くのか?そのパワーの源は?……同時に複数の場所で災いをもたらすのか?そもそも、一個の存在なのか、複数なのか?……でも、善性の欠如が悪魔の定義の一つであることは間違いない」
 「……」
 この話の流れから、わたしの脳裡には、わたし達の本来の目標であるフィリポス大公のことが浮かんでいた……
 「そして――」
 シャルルが話を続けた。

 「――さらに悪いことには、公爵が真犯人だとすると、彼は、自己の異常性をはっきりと意識していて、自己の生存の為に、それを巧妙に隠蔽している……」
 「……邪悪だわ」
 シャルルは、頷いた。
 「邪悪で、自己の欲望の達成が阻害されると、抑制のできない怒りから、どんなことでもやりかねない」
 ……戦いに勝つ第一歩は、敵を知ること――
 その意味で、わたし達にはもはやいかなる誤解もありえなかった――敵は、悪魔にもたとえられる存在で、きわめて狡猾・残忍、しかも、本当の悪魔――悪魔が実在するとしての話だが――のような超自然的なパワーこそないものの、そのかわりに、世俗の強大な権力と無限と言ってもよい富を有している……