『天使の翼』第7章(32)
わたしとシャルルは、ジェーンと実り多い会話を交わして別れた後、今日はもう宿をとって体を休めることにし、大聖堂のある街区に手頃なホテルを見付けて部屋を取った――もちろん、姉と弟の吟遊詩人という触れ込みで一つの部屋を……
わたし達は、すぐに横になる気にはならず、それぞれのベッドに腰掛けて向き合っていた。
「ジェーンの話した人物像は、吟遊詩人連続誘拐犯のプロファイルにぴたりと合う」
わたしは、シャルルやその他大勢の人々を巻き込みながら――既に死者の出ていることをもう一度肝に銘じなくてはならない――現実に誘拐されかかった者として、その恐ろしさを肌身に感じながら、シャルルの話に聞き入った。
「公爵の謹厳実直という外見、イメージは、作られたものに過ぎず、遠くから見ている者は欺けても、ジェーンのような、いわば身内の人間には、その本性が透けて見える――あるいは、公爵も、身内の、それも特に自分よりはるかに身分の低い者に対しては、気の緩みが出て、つい地の自分を出してしまう……つまり、謹厳実直と見えたものは、実は、より根の深い性格の一面を、好意的に――そのように誘導されている訳だけれど――見ていたのに過ぎず、本当は別の性格が潜んでいた、という訳だ」
「……謹厳実直、と言う名の仮面の下に、それとは全く異なる素顔があるということね」
「そう……ジェーンの言う通り、一言で表すなら『冷酷』ということになるけれど、それは、きわめて利己的な、自己の欲望の達成のためには、相手の、そして何よりも自分自身の人間性を無視できる――というか、そもそも、思いやりとか、優しさといった人間性の欠如した心の持ち主……人間的な感情が欠如しているということは、一つには、心に思い描いた欲望――それがどんなに歪んだものであれ、それを抑制する装置を心の中に持たないということ、そして、二つには、欲望の達成のためには手段を選ばぬ――より正確に言うなら、方法と限度に、いかなる形であれ足かせをはめなくてはならないという発想自体が湧いてこないということだ」

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