『天使の翼』第7章(26)

 「――そうです。通常『アケルナルの回勅』と言えば、この偉大な総大司教レオ五十六世が渙発した一連の回勅のことを言います。問題の回勅は、その後ここアクィレイアで開かれた公会議で、正式にコスモス・カソリクスの教条(ドグマ)となり、教会法大全も改正されたのです。それ以来、建前上は、その人の服装はもとより、外見・地位その他、裸の人間以外の部分は、いかなる理由があっても、その人の信仰の深さの判断基準とはなりえなくなりました」
 「一人の大司教がいたとしても、ただ大司教というだけでは、信仰の人とは言えないのね?」
 わたしは、自分で気付くより先に、意地の悪い質問を発していた。
 「その通りです。……この教条は、信仰の人たることに、原則として、いかなる手続きも、外見も、制服も要求していません。……宗教界にも政治はありますから、100%純粋にその通りにはなってません。でも、この教条そのものの慈愛の精神が、教団の信者を著しく増やしたこともまた事実です。そして、その流れは今も続いています。……わたしのような人間でも、立派に……ごめんなさい、立派かどうか分からないけれど、シスターが務まるの」
 その言葉は、率直で、彼女の人柄――それまで測りかねていたジェーンの真の姿がにじみ出ているようだった。……自分のやりたいこと、進むべき道をしっかりと歩みながらも、他者への思いやりを忘れない、優しい女の子……。それに較べて自分は、とても狭量な人間かもしれない。ジェーンは、確かに学資を得るためにシスターをやっているのかもしれないが、彼女の心の中ではとっくに当初の目的のことなど切り離されてしまっていて、シスターとしての勤めに真摯に取り組んでいるのだろう――
 「わたし、スカルラッティ大司教様が嫌いなの」

 わたしとシャルルは、どきりとして、ジェーンの顔をまじまじと見詰めた。




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