『天使の翼』第7章(5)
最初は、それが何なのか、はっきりと意識できなかった――何でハッとしたのか――
でも、それは、すぐ分かった――緑色の縦横5標準メートルはあろうかという、巨大な旗がはためいている……緑の地に、白点が球状に配された図柄……
わたしとシャルルは、顔を見合わせた。
「サンス大公国――」
シャルルは、頷いた。
サンス大公領は、ハロの球状星団を丸ごと一つ含んでいる、その図柄……
サンス大公国の公館は、これが大アクィレイア中央市の市庁舎か、と見まがうほどの威容を、臆面もなく誇っていた……素人目にも、増築に増築を重ねたと思われる、醜い岩の塊り……
わたしは、シャルルと二人して、後方に遠ざかっていく公館から目が離せなかった。
サンスの公館は、単に巨大なだけでなく、まだ朝早いというのに、人と車の出入りも盛んだった……あれだけの建物に一体幾人の職員が働いているのか……サンス大公国とスカルラッティ公爵とのつながり、あるいは、帝国とのつながりは、それを癒着と呼ぶにせよ何にせよ、生半可なものではないことを、見せ付けられた気がした。
シャルルも、全く同じことを感じたようだ。
「僕たちは、二つのことを肝に銘じておかなくてはならない――」
「……」
「一つは、サンス大公国と帝国法典施行領域の国境がタイトになったと言っても、それは、ごく限られた諜報の分野での話――冷戦状態なら、以前からずっと続いている訳で、表立っては、何も変わってはいないんだ――」
「だからこそ、かえって危険だといえるわ」
シャルルは、頷いた。
「二つには、これだけ相互の依存・交流が密接だと、いざ本当に開戦とでもいうことになれば、とても、どこまでが敵で、どこまでが無害か、なんてことは、誰にも判別がつかない」
「とても悲惨なことになるわ……庶民のレベルでは国境なんかないのと同じなんだから――国境を境に、そこから一歩先の人間は皆敵だ、なんてナンセンスよ!」
わたしとシャルルは、打ちのめされた思いで、互いに見詰め合った――

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