『天使の翼』第6章(35)
突然、それはやってきた――
白夜のような薄明かりの中、希望だけは失わずに
寒々と生きてきた僕の心の中に
突然、明るくて温かい陽射しが差し込んだのだ
彼女の笑顔という名の、きらきらとまばゆい陽射しが――
今まで背けられていた彼女の瞳が
今、真っ直ぐ僕のことを見詰めている
今まで冷たく感情の灯の消えていた瞳に
今、優しく僕を包み込むような光が揺らめいている
今まで硬く閉ざされていた口許に
今、はにかんだような笑みが浮かんでいる
ぽろりと見える糸切り歯のきらめき――
僕のそばに寄り添うように立って話しかけてくる彼女――
柔らかい口調で語られるたわいもない話――
『たわいもない話』が彼女とできるなんて!
――ずっと長いこと、僕のことを知ろうとしなかった彼女が
――ずっと長いこと、僕の表面だけしか
見てくれなかった彼女が
――僕がうっかり自分の気持ちを見せてしまってから
僕のことを避けるようにしていた彼女が
突然、僕に見せてくれた笑顔――
たわいもない話――それは、甘い果実
――そして、その種は――愛
突然、大潮のように満ちてきた喜びに
僕の瞳から涙がこぼれ落ちた
思えば、つい最近、ちょっとした出来事があって
突然彼女の僕を見る目が変わったのだ、と気付いた
その事があって
今まで僕の見せたことのない一面が彼女に伝わって
彼女は、僕の本当の姿に気付いてくれたのだ――
――どんなに素晴らしい眼鏡をかけても
本当の姿は見えない
――本当の姿は、心の中に隠れているから
神様にこのミラクルを感謝しよう!
怖くて震えるほどの幸せ――
脆く崩れそうな、僕の手の平の上の幸せ――
僕は、それを彼女への愛でもってくるむ
彼女へ注ぎたい優しい気持ち――
でも、押し付けは禁物だ
彼女の気持ちをかみしめながら……
いつでも気兼ねなく彼女に話しかけられる喜び――
ちょっとしたことでも今までは遠慮していたのに
素直に話しかけることができる――
――言葉だけではない
今までは、考えてみることすらできなかった――
別れ際に彼女が手を振ってくれるなんて――
そして、僕が手を振り返しているなんて――
お互いの信頼がなくては
ちょっとしたしぐさで気持ちは伝えられない
――体の動きで伝える思いは
うそ偽りのない本当の気持ち
手を振る彼女の笑顔が、切なく胸を打つ
彼女の笑顔は、この宇宙で一番大切な僕の宝物
彼女の笑顔だけが、僕の心を喜びでいっぱいにする
僕は、何度も、何度も口にする
――君を愛している、と
歌い終わったわたしは、心地よい余韻に包まれて、シャルルの奏でるギターの後奏に身を委ねた。息のあったセッションだった。
途中から、合わせる、ということを全く意識しなくなった。シャルルの演奏は、わたしの歌に、なるほどこういう音もあるのか、という感じで、とても個性的に、でもしっかりと絡んできた。だから、わたしは、自分の歌いたいように歌うことができたのだ。
……シャルルは、わたしの歌をどのように受け止めてくれたろうか?歌の内容は、わたしとシャルルの関係を反映している訳ではなかったけれど、それでも、二人の関係が色濃く影響していた――
――シャルルが、最後に、ひときわ思い入れたっぷりにギターを奏でて、曲を締めくくった。
しんと静まりかえる大広間――
と、次の瞬間、わたしとシャルルは、万雷の拍手に包まれていた。
そんな中、ふとシャルルの方を顧みると、彼は、若き男爵の視線を捉えて、頷き掛けていた――目顔で……
男爵は、頷き返しながらも、あきらかに、何かを察知した不審の表情を浮かべていた――微かに……
(第6章 完)

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