『天使の翼』第6章(34)
照明の落とされた大広間は、シンと静まり返っている。
わたしとシャルルは、照度を抑えたスポット・ライトの、光の柱の中に浮かび上がった。きらきらと舞う埃や塵が、まるで特殊効果のようだ。
……そのまま時が流れるかに思えた時、シャルルのギターの音が、囁くように静寂を破った。
完全に抑制の効いた音、選び抜かれた音色……それでいて、決して人工的な硬さはなく、人の呼吸のように、微かにかすれている……
長いフレーズが繰り返されるたび、徐々にメロディーが浮かび上がり、それが、聞く者の耳から心へと浸み渡ってくる……
聞くほどに、澄み渡った心の中に、陶酔と昂揚という名の液体が、果実酒の中の揺らめくアルコール分のように滲みだす……
反復されるメロディーには、そうと気付くより先にクレッシェンドがかかっていた――観客と一緒にシャルルの奏でるギターに聞き入っていたわたしにとって、それは、自らが、客体から主体へと移って歌を紡ぎ出す時を示している――シャルルの想い、ギターの調べに、わたしの想い、わたしの歌声を合流させるのだ。
吟遊詩人の歌、即興とは、ひとりで歌う時も含めて、広い意味で、聞くことと歌うことを同時にこなすこと――創作と演奏・歌唱を同時にこなすこと――

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