『天使の翼』第6章(26)

 シャルルが、苦笑交じりにわたしから離れると、急いで上着を羽織って扉口へと行った。
 薄く扉を開いて、誰かと話している……
 シャルルの背中を見ながら、一瞬、今のことで二人の間が気まずくならないかと不安を感じたが、すぐに思い直した……ナーバスになる必要は全くないのだから……
 話し終えたシャルルが、扉を閉めて戻ってきた。
 わたしは、意識して優しい笑みを浮かべ、彼に真顔で問うた。
 「マリピエーロ長官からの使いだ」
 「……」
 「午後の7時に大広間に来てくれと――」
 わたしは、安堵して頷いた――7時までには、まだ程好い時間が残っている。歌う前には、気持ちを昂める時間が欲しい……あのまま愛し合っていたら……まるで、悪戯をして、その興奮が冷めやらぬまま人前に出るバツの悪さが残っていたかも知れない……
 「……どうしたんだい?」
 シャルルが、不思議そうにわたしの顔を覗き込んでいた――どうやら、わたし、知らぬ間にクスリと笑ってたみたい……

 「何でもないのよ……お腹が空いたわね」
 シャルルは、頷いた。
 「今の使いに簡単な食事を頼んでおいたよ」
 わたしは、シャルルの腕をそっとさすった。
 (……よく気の付く人……)
 わたしは、伸びをして、シャルルの腕につかまって立ち上がった。
 「先にシャワーを浴びていい?」
 「一緒でもいいよ」
 わたしは、一瞬きょとんとしてから、彼をひっぱたいた。
 「当分先の話だわ!」
 ――言いながらも、わたしは、シャルルとの間が確実に一歩近付いたのを実感していた。……何のわだかまりもなく、心の窓を開け放って語り合えるのは、すばらしいこと……今まで、ちょっとした遠慮が先にたって、言葉にしたくてもできなかったことが話せたり、心の中でいろいろ思い描いていた会話を実際にしてみたりすることは、間違いなく、恋愛の喜びの大きな一部を占めている……