2017.05.18 01:25『天使の翼』第8章(7) ジェーンの後姿を見送ったシャルルが、いたずらっぽい笑みを浮かべて振り返った。 「強敵出現」 わけの分からないことを言う。 わたしは、ぎろりと睨んでから、さっさと歩みを進めた。地面は、昨日雨でも降ったのか、ぬかるんでいる。 「デイテ、待ってよ!何でそっちに行くんだい?」 「あら、哲学科の天才さんが、どうしたのかしら?――さっきから、吟遊詩人が何人も、あっちの方から姿を現しているんですけれど」 はた...
2017.05.11 01:17『天使の翼』第8章(6) アクィレイアの太陽が、この星にとっての西の地平線にかかろうとする頃、わたし達は、エアバイクをウラールの村の広場に乗り入れた。 村は、他に何もない、森林地帯の真っ只中にあった。 1標準時間以上前に高速誘導路を降り、地上道に沿って滑空してきたので、この森の周辺に、どのように建物が散らばっているのか全く分からない。――大修道院そのものも、まだ見ていない…… わたし達は、年次感謝祭でにぎわう広場の一角に...
2017.05.03 15:34『天使の翼』第8章(5) わたしは、わたしが覚悟を決めたこと――シャルルの率直な一言を恨めしくなど思っていないことを、何とかしてシャルルに伝えたかった。今すぐに―― わたしは、生理的な限界までノン・ストップで走るという初志を覆して、眼前に迫ってきたASA(エア・サービス・エリア)に飛び込んだ。このASA、普通のASA――多層階のタワー状の建造物――と違って、鋼鉄都市の屋上部分をそのまま活用している。 手近な空きに着地する...
2017.04.27 01:21『天使の翼』第8章(4) 「わたし達、計画通りに事が進めば、スカルラッティに『直接』招待されることになるのね」 「そうだね――白い封書の招待状は使われないだろう」 シャルルは、鋭く、わたしの考えていた通りに、要点をついてきた。――スカルラッティのお膝元、目の前で歌うのだから、キリヤック伯爵の出番はありそうにない―― 「デイテ、白い封書が僕たちに届けられれば、これはもう決定的な証拠という他ない。その意味では少し残念かもしれ...
2017.04.19 16:00『天使の翼』第8章(3) ……わたしは、ウラールに着いてからのことを頭の中で――既に同じことを何度も繰り返していたけれど――シュミレーションしてみた。咆哮するバイクは、わたしにとって、いろいろな意味でイメージの揺籃――シュミレーターの装置と化す…… ……修道院に出向いて、歌合せにエントリーする……わたしのようなプロでも参加できるのか、ふと気になる……それと、顔見知りの吟遊詩人、歌仲間と鉢合わせしたらどうしよう……偽名を使...
2017.04.09 15:18『天使の翼』第8章(2) と、わたし達の大型バイクのすぐ横に、いつの間にかスピードを落としたジェーンが来ていた――わたしの視線を捉えると、誘導路の先を指差して、早く早くと促してきた。 わたし達は、出発してすでに2標準時間経つというのに、いまだに大アクィレイア中央市の市街を走っていた。ありとあらゆる反磁場発生車両、エアバイク・エアカー・エアバス・エアトラック、そしてエアトレインまでもがめまぐるしく行き交う高速誘導路は、優に...
2017.04.06 04:19『天使の翼』第8章(1) 最初の微かな揺らぎが、増幅して大きな渦となる。歴史は、巨大な、全てを飲み込む加速器だ……。 混乱を断ち切るには、強く揺るぎない意志と、不屈の行動力が必要だ。つまり、一言で言うと、目的の為には、手段を選ばない覚悟を持つこと…… (古代地球のある革命家) 空気を切り裂くエアバイクの咆哮―― このスピードだと、メットをしていても風切音は圧倒的で、体全体を...
2017.03.22 15:55『天使の翼』第7章(47) 「わたし、年次感謝祭の教会スタッフが不足しているというので、応募しちゃったの。今すぐレンタルでエアバイクを2台借りれば、夕方にはウラール大修道院よ!」 …… その時、わたしは、自分が天使なのも忘れて思っていた。 (ジェーンって天使?それともマリア様?彼女との出会いが、わたし達を未来へと導いていく……) 人は皆、人生の旅人 旅先の出会いが、旅の流れを変える―― ――旅の舵を切る...
2017.03.20 04:57『天使の翼』第7章(46) わたしは、再度シャルルと顔を見合わせてから――シャルルは、首を横に振った――、完全に会話の主導権を握っているジェーンを見た。 「わたしが持ってるわ」 ジェーンはにこりと頷いて―― 「2級?」 わたしは、ちょっぴり誇らしげに―― 「1級よ」 ジェーンは、目を見開いて―― 「かっこいい!」 わたしは、いきなりジェーンに手をつかまれた。 「わたし、恥ずかしい……3級なのよ……中型者の一人乗りしかできな...
2017.03.08 16:57『天使の翼』第7章(45) 「ウラール大修道院、という名前には昨日ちょっと触れたかしら――」 ジェーンが説明を始めた。 「――大司教様のタイトルがいかに多岐に渡っているかを話した時に……」 わたしとシャルルは、すぐに思い出して頷いた。 「ウラール大修道院院長としての大司教様は、必ずこの行事に参加なさるのよ……何故だかはよく分からない。宗教上の重要なカリキュラムは他にいくらもあって、この感謝祭は、修道院の地元との友好関係が主...
2017.03.06 03:30『天使の翼』第7章(44) 「――年末のこの時期は、催し物の少ない時期だから、あまり選択の余地はなかったわ。大司教様がご臨席なさる催し物となるとなおさらね」 わたしとシャルルは、この言葉に思わず体を震わせた。ジェーンは、わたし達の期待をはるかに超えたビッグなイベントを探して、わたし達を喜ばせようとしたに違いない…… 「――それに、旅人であるあなた方がいつまでもアクィレイアにいれる訳でもないのだし……」 そう言って、ジェーン...
2017.03.01 15:37『天使の翼』第7章(43) 翌朝、アクィレイアの冬がまた確実に一歩近付いてきたかのような冷たい風の吹く中、わたしとシャルルは、再び朝の勤めを終えたジェーンと会合した。ジェーンには、昨日別れ際に、吟遊詩人であるわたし達が歌えるような催しがないか、心当たりをあたるよう依頼してあった……慎重を期してスカルラッティの名は出さずにだが…… 場所は、昨日とは違う別のカフェ――聖堂をはさんで反対側に位置している――ジェーンの示した道順は...