2016.08.01 07:03『天使の翼』第6章(5) 扉が開こうとしている。 そして、その扉の陰から現れたのは、一人の青年なのだが……わたし達は、彼の不自然な動きに、すぐに気が付いた……彼は、滑らかにすべるようにして、体を上下左右に揺することもなく、部屋に入ってきた……足を動かしていない!そして、その青年が家具の間を縫ってきて、足元が見えたとき、分かった――足が宙に浮いていたのだ。 「……浮游機(エア・バックル)――」 わたしは、思わず小さく声に出...
2016.07.28 10:21『天使の翼』第6章(4) ふと見ると、シャルルは窓辺によって、彼の政府高官用携帯端末に向かってしゃべっていた…… わたしは、手近のソファーに――どさっと腰を下ろした。自然と大きなため息が出る――いくらでも眠れそうなほどの疲労に包まれている自分が……いた…… 「…………査察庁のミロルダ地方局に――デイテ?デイテ――」 わたしは、はっとしてシャルルの顔を見上げた。 「大丈夫かい?」 「ごめんなさい」 いつの間にか睡魔に捕えら...
2016.07.28 10:14『天使の翼』第6章(3) シャルルは、調子を合わせて―― 「うらやましい限りです。経済的な地盤がしっかりしていれば、その上に美しい文化の花が咲かせられるかも知れない。吟遊詩人の僕らも、微力ながらお手伝いしますよ」 「ハハハ、わたくしは、常々自重せねば、と思っているのです。歴史を繙けば、どんな若々しい市民的な文化も、富の蓄積と歩調を合わせるようにして、貴族化し、奢侈を求めるようになる。それは、文化の爛熟であると同時に、斬新...
2016.07.25 04:51『天使の翼』第6章(2) 「宮内長官のマリピエーロです」 老人は、深々と一礼すると、わたしとシャルルの脇を通って、テラスの手すり際まで歩みを進めた。 「奢侈を求める最近の風潮が、この星に富をもたらしているのです」 わたしは、シャルルと顔を見合わせた。 「赤黒い岩、それも美しいマーブル模様の入ったものは、1標準キロ当たり、1000ユナイトもの高値で競られています」 「この星での卸値がその価格では、末端の市場価格は、一体いく...
2016.07.25 04:38『天使の翼』第6章(1) ……悲しみの最大の成分は、その時の刻みが有限である、ということである。悲しみも、そして、喜びも、それが、無限に続くとすれば、そもそも、そのような感情は生起しない。(銀河帝国第二王朝期の著名な小説家――悲しみの終わる時はあるのかとの問いに答えて) わたし達の乗ったエアカーは、他の二台が上空で警戒にあたる中、宮殿のテラスに直接乗り付けた。 そこは、宮殿の最上層に付属したテラスで、かすかに冷たさの混じ...
2016.07.21 07:21『天使の翼』第5章(94) ほどなく、エアカーは、洞窟の入り口を通って外界に飛び出した。 優雅な曲線を描いて急上昇する。 レプゴウ男爵の王城の地は、峻険な山々に囲まれた、広大な盆地だった。 数日振りに、午後の太陽の光に目が慣れてくると、赤黒い岩の大地という最初のイメージとは違って、そこは、緑豊かなオアシスだった。 やがて、行く手に、小高い丘の上に聳え立つ宮殿が見えてきた。 レプゴウ男爵とは、どんな人なのだろう。 わたしの心...
2016.07.21 07:16『天使の翼』第5章(93) 「これは、私としたことが――」 指揮官が言っていた。 「まずは、エアカーにお乗りください。真直ぐお城までお届けします」 わたしとシャルルは、ほっとため息を吐いてパトロール・エアカーの後部座席に腰を下ろした。すぐにドアが閉まって、エアカーは、ふわりと宙に浮かび上がり、滑らかにすべりだした。 今までいたのが無法地帯だとすれば、わたし達は、実に久しぶりに、ありがたい法の下の保護に与っていた。ただし……...
2016.07.14 10:38『天使の翼』第5章(92) 「――おろかな女だ。洞窟でウインチを使うとは」 指揮官がシャルルに話していた。 「――上昇している人間が、ゴツゴツした岩に挟まってしまった時、そのままウインチが動いていて、無理に引っ張ってしまったらどうなります?」 指揮官は、両手を広げて見せた。 実際には、ダイアンは降下していたのだけど……そんなことより、わたしは、安易にウインチに飛び付いたことが、やはり愚の骨頂であったことを明確な形で指摘され...
2016.07.14 10:26『天使の翼』第5章(91) 「厚手の上質紙です。……触った感じが、毛羽立っていて……」 もはや、間違いはないように思えた。 吟遊詩人を物色したのが、有力者本人であれ、手下であれ、有力者本人は、普段から白い封書を持ち歩いている訳ではないのだ。 ……有力者が、滞在する豪華なホテルの一室に、手下を呼びつけ、手下の持参した封書に、高価なペンで、わたしの名を手書きする。――きわめて偏執的な性的欲望を満たすための死刑執行令状……そのお...
2016.07.13 16:10『天使の翼』第5章(90) 「……我々は、宇宙賊が、故意に彼らの乗船を爆破したものと考えています」 わたしは、再び指揮官の言葉に意識を集中した。 「何も手掛かりは残っていなかったのですか?」 「ええ……」 わたしは、指揮官の瞳の中を何かが横切ったのを感じた。 「乗員の遺体、フライト・レコーダー、スペース・エンジンのシリアル・ナンバー……そういったものは、何も確認できませんでした。最初からそんなものはなかったのか、それとも、...
2016.07.13 15:52『天使の翼』第5章(89) ダイアン。 こんなことになって本当に残念だ。 意識をなくした君を残して…… ……シャルルは、手紙を書いている時点でもう、ダイアンが意識を失うことを予測している…… ……残して、立ち去る僕らのこと、決して君のことを見捨てた 訳ではない。分かるよね。 僕らと一緒にいると、君は危険だ。君自身も、僕らの乗って いた船のスペース・アテンダントだったことが分かると、面倒 ...
2016.07.11 04:30『天使の翼』第5章(88) 「不時着の現場はすぐに分かりましたか?」 シャルルが、上方で救出されつつあるダイアンの方を目で示し、わたしの手のひらの中に折り畳んだ紙片を押し込みながら、質問を発した。 「実は、先に発見されたのは、宇宙賊の方です――」 指揮官の言葉に、わたしとシャルルは、思わず視線を交わしていた。早くも何かの手掛かりが得られるかも…… レプゴウ男爵家の武装警察に、黒いヨットの遭難状況を調べさせる……機体に手...